4/16/2012

孤独が脊椎に宿ることを君は知らない



きっとなんだか捉えたい感覚というのがあって、そういうものを探すために色々音楽を聴いてみて悲しいとか寂しいとか恋しいとかそういう感覚を探してみるけど、大体どれもしっくりこなくてモゾモゾした居心地の悪さが残る。
相手だってわかってるけど別れ際にまた会おうって言い忘れたな、みたいな心残り。

一人でとぼとぼ帰り道を歩いていたり電車に乗っていたりすると「そうだそうだ」みたいな感じで言葉がどんどん溢れてくるのに、それをフィクションだって良いから残そうと思って白紙を目の前にした瞬間に、何も思い浮かばなくなる。マイナスの感情とか悩みなら忘れた儘で良いじゃん、とも思うけれど、自分としてはこういう頭の中で小説の一節のようにふと浮かぶ感覚をアイデンティティの一つだと思っていたいのだ。
もしも私が芸術家なら作風になっていただろうなという感覚。

「A型なの?私B型だから輸血できないね」という何気ない会話に感じる理不尽な罪悪感というか寂しさだとか、目の前の連れが喫茶店でアイスコーヒーにミルクを入れてすぐにかき混ぜてしまう所を見たときの(ああ、違う。)というパズルピースが嵌らない感じだとか(私はアイスコーヒーの中をミルクがしゅるしゅる踊るように溶けていく様を見ているのが好きなのだ)、誰かと話しながらだんだんその人の話が自分からどんどん遠ざかっていく虚ろさだとか、
そういうものを感じた瞬間。
その瞬間にだいたい、ふわっと思考が飛んで何か掴んでいる。

そうだな、いつも寝ているベッドのシーツを整えようとシーツの端を掴んでふわっとさせたときの、あのシーツが空中で波打ち、その下を空気が流れて、やがてシーツが重力にしたがって落ちてきて、ベッドの上に少し乱れて着地する、そんな感じだ。
そんな感じの隙間だとかズレが心の中で起こる。
ふわっと、空気みたいなのがするっと抜けて、ズレる。

なんだろうなあ。
これが一人の人間に一つの命しか宿らない孤独なのかしら。

0 件のコメント:

コメントを投稿