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6/14/2012

始まり始めた初夏の夏



生きてきた時間を海風に流した。

どこからか聞こえてくる雨音はきっと耳に残る竹林のざわめきであろう。
天国に行くのに必要なのは小指の骨だけである。
右なのか左なのかわからないが、とりあえず僕は小指の骨だけを残し、その他の総てを燃やした。これだけ人類が進化して、文明が発達したのに未だに人間はよく燃える。時折パキパキと骨にしみこんだ記憶が折れる音がしたが、それはよく燃えた。我ながら心臓が燃え尽きたときは初恋を失ったときのような寂しさと切なさがあった。

心なんてものがなければよかった、と最後から二番目の恋人が囁いていたのを覚えている。夜を思い出させる名前だったと思うがはっきりとは思い出せない。とても頭が良くて、美しい人だった。夜、僕が眠ったのを確かめてからそっと僕の横で弱みを呟くのが癖だった。その度にまどろみの中で僕は彼女が泣いている夢を見ていた。さよならと別れたときにふと思ったのはもし彼女が僕が起きているときに弱みを零してくれたら未来は変わったのだろうか、ということだった。
それでも彼女にあったのはダレカに零したい弱みであって、支えてもらわなくては生きていけない弱さではなかったのだろう。

実際のところ心なんてものがあったのかは知らない。

許さなくてはいけない、と彼方から声がする。
我々の人生は選択の連続だと言っていた。
選んで掴んできたか、選んで捨ててきたかの違いで人の目線は分かる、と彼は言った。私は選んで捨ててきた、と言った。
生死を決めるのは魂の所在であり、彼の目線で見る世界では動いている死体というものが存在していた。魂が体ではないところにある人々が多すぎる、と嘆いていた。
もう既に死んだ男の話だ。

実際のところ、魂なんてものがあったのかは知らない。

ヘルタースケルターと地獄は関係がないということに気付くのに7年も掛かった。
7年は長い。
7年あれば何ができただろうか。

長い道のりだったと思う。
耳の奥で反響し続けている雨音のような竹林のざわめきが五月蝿い。
生きてきて良かったと思う。
目を閉じればピーコックブルーの空が広がっている。
海風にのって遥か南を目指す僕の骨灰はきっと数キロ先で海に落ちるだろう。それでもそれに気付かないふりをして遠く南へ辿りつくのだと思っていたい。僕は自らの意思で、ヘルタースケルターと地獄に何の関係もないということに7年間気付かないでいたかったのだ。
じきにここにも夏が来るだろう。

あとしばらく小指は残しておかなければならない。
そう、天国にいくためには……

4/30/2012

エスカレーター・ペスカトーレ


三軒隣の子猫が遊びに来るようになって今日で六日目となった。
昨日は付き合って二年経つ彼女と郊外のショッピングモールへ出かけて、なにやら沢山お買い物していた彼女は今もまだベッドの中で惰眠を貪っている。青いふかふかのマクラにうねうねと広がる髪の毛は気味の悪いイカスミパスタのようで、そういえばそろそろ十三時になるなと僕は思い出す。
気味の悪くないイカスミパスタなんて無いんじゃないかな。

そういえば昨日のショッピングモールにあったむやみやたらに長いエスカレーターで僕に背を向けながら彼女が呟いたわたしがほんとうはケースオフィサだったらどうするが忘れられないでもすぐに忘れたい。
日曜日に相応しいカラっと晴れた青空の下で、さっき干したばかりの二枚のバスタオルが風に揺れている。
足元でじゃれつく子猫を裏返しながら、彼女はいったいいつ起きてくるのだろうかとぼんやり考えた。
昨日はだいぶはしゃいでたみたいだし。
でも、
僕の腕の中でだいすきだいすき言ってるよりも、僕だけにしか見せない表情があることよりも、こうして僕が起きているところで彼女が寝ているという瞬間が一番、彼女が自分のものになっている気がする。
下りエスカレーターで僕より一段下で背を向けながら楽しそうに喋っている時とかね。
きっと、アッいま僕は彼女をこんなに簡単にころせるのだ、という瞬間にころさないでいるっていうのが愛だと思うのよね僕の。僕が僕の彼女への愛を感じる瞬間の。
実際のところ、彼女が僕をいつか嫌いになるんじゃないかとか、本当は彼女の愛は醒めてるんじゃないかって不安よりも、自分がいつか彼女を嫌いになるんじゃないかとか、本当に彼女を好きなのかってことの方が怖かったりする。何か食べたいと思うのはおなかが空いているからだし、どうにも眠いのは睡眠が足りていないからだけど、何かを好きになることにハッキリとした原因はない。綺麗だとか、嫌いだとか思うことの原因が曖昧でも意外と生きていけるってことは僕ら、15歳くらいまでに分かることだけど、20歳くらいになってくると好きってことの原因が曖昧だとちょっと怖くなってくるんだよね。
もしかしたら生きていけないかも、なんて思い始めちゃったりする。
だから基盤がグラグラでも「あーやっぱ好きだ!めっちゃ好きだ!大丈夫!」ってゴリゴリ上書されちゃうような自分を信じられる瞬間があると安心するんじゃないかな。やっぱり僕は定期的にエスカレーターで彼女の後ろに立って、自分の彼女への愛を確かめていこう。

頂上からだいぶずり落ちてきたらしい昼の太陽が直接ベッドに挿し込んでくるようになって、ようやく彼女が「ううぅん」とかなんとか言いながらベッドの中でもぞもぞしだした。
僕は足元の子猫を表返しにしてぱふぱふ叩いてしゃんとさせる。子猫は思い出したように三軒隣を目指してヨテテテと帰っていった。僕もぐっと伸びをして身体をしゃんとさせる。それから、未だモヌモヌ言っている彼女の元に戻る。
「もう昼だよ」
ベッドに腰掛けて、彼女の長い髪に指を入れ、梳くと、光に晒されて眩しそうにも未だ眠そうにも見える表情が見えた。
「いまなんじ?」
もう昼の二時、と答えながら彼女の頬を撫でる。彼女がくすぐったそうに笑った。
「あかんあかん、おきないと」
そう言いながら僕をベッドの中に引き摺りこもうとする。
横になってみると思いのほか直射日光が眩しくて、ベッドは暑くて、でも彼女がこんなにくっついてきているし悪くは無いかなと思う。好きだし。

日曜日に相応しいカラっと晴れた青空は遠く、部屋に入ってくる涼風がカレンダーより初早い夏の訪れを感じさせていた。
こんな日々がずっと続いていけばいいな、とぼんやり思った。





4/16/2012

孤独が脊椎に宿ることを君は知らない



きっとなんだか捉えたい感覚というのがあって、そういうものを探すために色々音楽を聴いてみて悲しいとか寂しいとか恋しいとかそういう感覚を探してみるけど、大体どれもしっくりこなくてモゾモゾした居心地の悪さが残る。
相手だってわかってるけど別れ際にまた会おうって言い忘れたな、みたいな心残り。

一人でとぼとぼ帰り道を歩いていたり電車に乗っていたりすると「そうだそうだ」みたいな感じで言葉がどんどん溢れてくるのに、それをフィクションだって良いから残そうと思って白紙を目の前にした瞬間に、何も思い浮かばなくなる。マイナスの感情とか悩みなら忘れた儘で良いじゃん、とも思うけれど、自分としてはこういう頭の中で小説の一節のようにふと浮かぶ感覚をアイデンティティの一つだと思っていたいのだ。
もしも私が芸術家なら作風になっていただろうなという感覚。

「A型なの?私B型だから輸血できないね」という何気ない会話に感じる理不尽な罪悪感というか寂しさだとか、目の前の連れが喫茶店でアイスコーヒーにミルクを入れてすぐにかき混ぜてしまう所を見たときの(ああ、違う。)というパズルピースが嵌らない感じだとか(私はアイスコーヒーの中をミルクがしゅるしゅる踊るように溶けていく様を見ているのが好きなのだ)、誰かと話しながらだんだんその人の話が自分からどんどん遠ざかっていく虚ろさだとか、
そういうものを感じた瞬間。
その瞬間にだいたい、ふわっと思考が飛んで何か掴んでいる。

そうだな、いつも寝ているベッドのシーツを整えようとシーツの端を掴んでふわっとさせたときの、あのシーツが空中で波打ち、その下を空気が流れて、やがてシーツが重力にしたがって落ちてきて、ベッドの上に少し乱れて着地する、そんな感じだ。
そんな感じの隙間だとかズレが心の中で起こる。
ふわっと、空気みたいなのがするっと抜けて、ズレる。

なんだろうなあ。
これが一人の人間に一つの命しか宿らない孤独なのかしら。

3/27/2012

揮発性メメントモリ


例えば美しい油絵も近づけば絵具の羅列でしかなくて、更に近づいてその本質を探ろうとすればそこにあるのはもはや絵ではなくただの顔料と乾性油でしかない。

本質を探るときに徐々に失われていくのは感性である、というお話。

毎日を生きていくに当って、悲しいことだとか嬉しいことだとか辛いことだとかというのは唐突にやってきて、しかも確実に影響を与えて去っていく。ちょっとした知らせが奪っていく心の平穏だとか、つもり積もった虚しさの所在だとか、そういうものに火曜日とか水曜日に気付いてしまったりして、不味いな、と思う。
24時間は止まってくれない。
とりあえず、と思い直す。とりあえずこの悲しみだとか辛さだとかというものは週末にまとめて感じよう、と考える。平日にそういったことに心を囚われていては多分まだまだ残っている明日明後日明々後日が過ごせない、そういうことが分かっているのだ。

悲しいことがあると、どうして悲しいんだろうと考える。
原因に思い当たる。
何故自分にとっては悲しいのか(果たして他の人にとっては悲しくない事柄なのだろうか)
そうやって粒さに本質を探っていって原因が見えたところで
よし、この問題は全部わかったぞ、後でゆっくり余韻に浸ろう。
みたいな気持ちでやり過ごす。
ヤヤコシイ感情は全部隅においやって、とりあえずやるべきことをやらねばならぬのだ。

そうやって果敢な研究者みたいな平日を過ごして、日曜日になってみるとまるでその時の悲しみが思い出せないのだ。悲しかっただとか辛かったという事実だけは覚えていて、カサブタになってしまった傷の痛みが思い出せないように、妙に気になる跡ばかりなぞる羽目になる。そうだ、確かここを怪我したときは痛かったということは思い出せるのにもう一度その痛みで泣くことはできない。
何故悲しかったのか、何が自分を辛く思わせる原因になっていたかはハッキリしていて、きちんと説明もできるのに、どれだけその過程をなぞっても気持ちは空っぽのままで、いやに晴れた日曜日だなあとかそういうことが次第に心を浸食し始めて、まあいっか、と悲しみだとか辛さは心の隅で蒸発していく。


面白かったことも楽しかったことも、その場で誰かに言わないと、どんどん色褪せていく。
2週間くらいしてから「ねえそういえば、」といった感じで話し始めた途端に物凄くその事柄が詰まらない、なんでもない日常に思えてきて誰より一番自分が興醒めしていることに気付く。

感情はナマモノだから、とかなんとか言った台詞がどこかにあったような気もするが、腐るというよりはどんどん蒸発していってしまうイメージである。
乾いた跡だけがのこって「そうここに水があったのさ」なんていったところでそれは事実の一つでしかなく、「だからどうした」という自問に潰されてしまう。


そうして日々を過ごしていくことは結構賢いことなんだろうな、とも思う。(悲しみだとか辛さってものに対しては)
コミュニケーションスキルだとかストレスコントロールだとかありきたりな処世術がどこかで評価されていて、要はどれだけ毎日を上手くかわしていくかということが長く生きるためには必要なのだろう。
ただ、なんとなくそうやって乾いて残って汚れた跡を割り切って過ごすというか
どうにも自分には上手く忘れられないというか、
「あああの時泣いておけば良かったんじゃないか」という涙の勿体無さというか
優等生も100点を誇らしげに自慢してもよかったんじゃないかな
みたいな
アタリマエだけどアタリマエじゃなかった頃もあったはずだよなあ
といった
成長に対する寂寞がいつまでたっても離れない。

でもこうやって幼い感覚だとか感情の制御の効かなさみたいなものを惜しむのは、きっとこういうものを失って自分よりもずっとずっと若くて幼い子供の気持ちが段々分からなくなるんじゃないかという不安があるからなのかもな、と思う。
どんどん分からなくなって、自分が子供だったこともいつか忘れてしまいそうな気がしていて少し こわい。






11/27/2011

接続詞のバラードⅠ

そういえば、と言うには遅すぎた
光化学スモッグについて話している時間を
今すぐ消せればそういえばに間に合うかもしれないが
あなたは百メートル先の霞むテールランプに夢中

やり直せないのは人間関係ばかりではない
疑似餌に釣られた魚はエビに釣られた魚よりも馬鹿なのか
捌いてみれば分かることだ
むしろ捌いてみるしか方法はない
ア・ポステリオリな白身魚達

近付くにつれてテールランプへの関心は強くなる
そういえばが遠ざかってゆく

好きだと言ってみてもお互い承知で
時間を止めることくらいしかできない
あなたの靴音がやけに耳に障る

後ろから見守っているふりをして
僕は先ほどから白身魚について考えていた
もうテールランプはいいのか
有効期限切れのそういえばがついさっき死んだ



11/10/2011

秋槻君と水溶性の彼女

秋槻君が彼女の横島さんと別れてからとても悲しんでいる。
この場合の別れというのは男女の価値観の違いなんかで恋人同士をやめるという事ではなくて、もっとシンプルなさよならという意味だ。
秋槻君が恋人とさよならしてからとても悲しんでいるのだ。

そもそも横島さんが水溶性だったことがこの悲しみの原因なのだ。

横島さんは水溶性だった。
横島さんはなるべくしてなったように美術部部長という役職がぴったりくる風貌のひとで、絵は飛びぬけて上手いというわけでもなかったけれど、日の当たる美術室で冷たくない素顔で絵を描いているのがとても印象的で、美術部員達はそういう風景を気に入っていた。
その横島さんが、キスをしたとたんに舌先から溶けていったというのだから美術部員達は驚いた。
もちろん一番驚いたのが秋槻君だったことは言うまでもない。

秋槻君が横島さんの腰に手を回して、胸と胸が触れ合ってしまうくらい近い距離まで近づいて、少しミルクの匂いのする横島さんの唇に秋槻くんはそっと触れて、それからキスをした。初めはお互いの唇の弾力を確かめるような些細なキスだったのに、体の接合を確かめるようなキスになって、とうとう秋槻君の舌が横島さんのミルクの匂いのする唇を割って入り、てろてろする舌に触れて、そのまま絡ませていたというのに、横島さんの舌は絡まったまま抵抗が消えていくので、秋槻君は不思議に思ってキスを解いた。

横島さんの舌は溶けていたのだ。

あっあっといいながら横島さんの口元はするするすると蜜が零れるように溶けていき、床には少し粘性のある透明な液体が溜まっていく。
あっぁつといいながら横島さんの目元に涙がたまったりして今度は頬のあたりがてろてろと溶けていって、秋槻君は気付いていなかったけれど太ももあたりだってとろとろに溶けていた。
そうやって横島さんがあっあっといっていくうちに横島さんの体はもうとろとろのてろてろになっていて秋槻君が抱きしめたってふやふやになってしまって、そうして三日月が沈む頃にはすっかり全部液体になってしまったのだ。

この場合、秋槻君は失恋したのかな。

兎に角横島さんはつまり、秋槻くんの唾液がじわじわ染みていって更には涙やら何やらで溶けてしまったというのだ。

なんと言う悲劇!

そういう事で秋槻君は彼女の横島さんを失って悲しみに暮れているし、美術部員達はいつもの風景がすこしばかり物足りないことに寂しさを感じているのだ。

期末テストが近づいていたが、悲しみや寂しさの前にはそんなもの無意味だった。

横島さんがいなくなったことで多くの人が涙を流していたが(秋槻君もその一人だ)誰一人として溶けたりしなかった。

そうして今でも美術準備室の床では染み付いた油絵の具や石膏の粉に混じって液体の横島さんが溜まりを作っている。

やがて、空気が澄んで空はからりと乾き、冷え込むようになった朝、液体の横島さんが静かにそこで小さな霜を作っているのを見て、秋槻君はまた恋が出来そうな気がしている。

冬になったら、また恋が出来そうな予感がしている。

指先で触れると瞬く間に溶けていく小さな霜に、抱きしめるのは難しいかな、と
少し困ったように笑っている。

秋槻君の彼女は水溶性である。


12/28/2010

薄明前夜

瞼の奥に光る夢が
さよならのように積もっていく

口ずさむ歌の
思い出せないフレーズを
夜に溶かしたまま 歩き続ける

どうにかして流れゆく時間を
止めようとしていた頃もあって
曖昧な未来に安心していた僕もいた

今、遠く音楽が鳴り止まない

涙の奥に響く雪が
思い出のように積もっていく

12/17/2010

誘導灯は月色に光る

ask for the moon 
という言葉がある。
月が欲しいと願う、転じて「不可能を望むこと/無いものねだり」の意となる。
日本語で一言で言えば「覬覦(キユ)」であろう。


人の欲求は果てしない。
しかして、どれほどの願いが月ほどの物が欲しいという願いなのだろう。
「些細な願い」とは一体何を基準に些細としているのか。
物事における疑問点は「誰にとって」という意識から考えれば理解し易い。
誰にとって些細なのか。
そう考えたとき、そこに修飾される言葉は”(現在の)自分”ではないことに気付く。
「他人にとって些細な願いが、どうして自分にはこんなに難しい願いになるのだ」
結局の所、全ての事象は差異によって、相対的に認識・評価せざるを得ない。
羨む・妬むというのは意外と理性的な感情なのかもしれない。
恵まれている事と幸せである事を、時々混同させている。

「自由が欲しい」と思ったとき自由を金に変えたとしても大体の願いは叶うだろう。

自由は金で買えるものなのかもしれない。
そして不自由というものが時間的制約による行動制限という意味ならば、時間は金で買えると言える。
ただの論理式だ。


目を隠したまま「家族って何だろうね」と傍らで呟いた。
家族・恋人・友達だとかというのは集合体名ではなく、状態の名称なのだ。
液体・固体のような。
だから、理想の○○というものを自分で描いてしまうと上手く行かなくなる。
「毎日会いたい」と思うのではなく「毎日会うのがカップルなのだ」と思い始めると大体その関係は瓦解していく。理想の押し付け合いがの関係の溝を深める。
少なくとも自分の理想は相手の理想ではないし、「普通は/一般的には」という言葉は自分にとって都合の良い言い訳でしかないのだ。しかしそれに気付くのは難しい事なのかもしれない。

本当は、両者の中でお互いに相手を友達・家族・恋人だと思っていれば、それでその関係は完結しているはずなのだ。言葉の定義を考えるのは学問の中だけで良い。

おそらく家族・恋人・友達という言葉がなければもっと上手くいっているのではないか、という関係は少なからずあるだろう。

「何であってほしいの」と答えて、寂しさの端を舐めた

そういった理想形が僕らにとっての月なのかもしれない。
自分一人では手に入らない。
そうやって地面に転がっているものを踏み壊して、幾億の星を見捨てているのではないか。
足元のスミレで満足できればきっと、それが幸せの価値だと思う、
思っていたい、
のだろう。

11/04/2010

急いでアリス

夢の中で 光の出口
遠くにいる優しそうな、少し太ったおじさんと、痩せたおじさん
本棚の隙間を抜けて
蛇にだって兎にだって騙されないようにしながら
靴音ならしながら
逃げる
迷う
早く急いで
本棚の隙間を抜けて
夢から醒めた 夢
本棚の隙間を抜けて


走り抜ける アリス







10/31/2010

グッバイ・イエロー



すごいみんながんばってる。
あたしはとっても高いところからそれを見ていた。

大人はみんなあたしに勝手な期待という名の妄想を押し付けてきて、あたしはあんまり頭に来たから数学のマークシート、全部一個ずつずらしてやった。数ⅡB、きっとセンセイは吃驚するだろうな、次の模試が返ってきたら。××、ちょっと来い、とか鼻の穴をふがふがさせて言うに違いない。私達の担任の数学教師はいつもふがふがさせながら怒る。××、ちょっと来なさい、ふがふが。うひひ。

嫌になっちゃったのは2ヶ月前。
歩いていたときにふっと鍵尻尾の白猫が前を通った時だった。
それまで何も見ていなかったあたしの硝子の目玉は途端に色を認識しだして、世界が物凄く鮮やかに見えるようになった。鍵尻尾の白猫は全然可愛くなくて、だけどその傍にたんぽぽはゆっくり揺らいでいたし何だかよく分からない草も青々茂っていたし、白猫の背中にくっついたままの小さな赤っぽい虫は世界の行方なんて全く考えてないみたいだった。
それでそれまでのそんな世界の美しさみたいなのに全然気付かなかった自分が情けなくなって、あたしはもう世界に合わせて歩くのをやめた。
休日はずっと青空を見ていたし、
帰り道には学校から最寄り駅までどうにかして1000歩で歩いてみることにした。
青猫を見つけたら追いかけることにして、
数学のマークシートはずらした。
世界はこんなにも美しい。らいふいず、びゅーてふる。
あたしは一人で沢山笑った。

家族は嫌いだよ。
皆死体みたいな臭いがするもの。

ここからこうやって眺めていると
みんな物凄く頑張っているのが見える。足早に過ぎ去っていくサラリーマン、参考書を抱えてる女子高生、居酒屋の服を着て走ってるおとこのひと…皆すごく頑張っている。
ここに居るみんなが、ぜんぶあたしよりもずっと頑張ってるの。凄い。
あたしがこうやって85分間ずっと夕焼けを見ている間にも、みんな知識を詰め込んだり吐き出したりして次の予定を考えてる。ねぇ知ってた?太陽って沈むのも昇るのもすごく早いの。朱色は金色と混じって暗くて灰色になっていく空をとても美しく染めるんだよ。
誰も知らないと良いな、と少し思った。あたしだけが気付いていたらきっとすごく価値がある。そんな気がする。
みんなあたしよりずっと頑張って生きてるの、凄いね。
うひひ、と笑って見せた。びゅうびゅう吹く風がいやらしく制服のスカートを捲り上げる。
凄い。
夕日も凄い
綺麗。

あははっ

人生を最高に楽しそうに終えながら
彼女は
48階の
ビルから
踊るようにして
舞い散る木枯らしのように
ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーんと
くるくるくるくる と

飛び降りて
ぐちゃぐちゃになったけど

やっぱり今も楽しそう。

あははっ

10/29/2010

囲う苦痛/過去 鬱屈


もしかしたら私は五千年生きていたのかもしれない、と思った。

少しずつ抜けていく記憶、混ざりつつある思い出に怖くなった事もあった。
8年前の事だったからしら、9年前の事だったかしら。
私には弟なんていないのに、この記憶は、現実ではないの。あの日読んだ物語の中の話。
段々過去は混ざって、現実と虚構の差は曖昧になってくる。あの時降っていたのは雪だったかしら、桜だったかしら。
ぎいぎいと脳の奥が軋みだす。分からなくなる、気付いてはいけない何かをわざと見落としているみたいだ。そしてふと思った、私は本当はもう五千年くらい生きてるんじゃないのかしらって。

生まれたときのことを覚えている
なんていうのは、後から見つけたアルバムの中の写真で確認したことだから
もしかしたら私、八千年くらい前に作られた木彫りの人形に魂が宿っただけかもしれなくて
中も見たことないから、本当にあんな、あんな赤黒くててらてらした臓器や絡みつくような血管が走ってるのかも分からなくて。ぱっくり開いてみたら案外中身は木屑だったりしないかしら。
考えてるのも私のやってる事かしら。
うふふ
誰か私の考えてる事、作ってるのではないの。

五千年も生きてたら、きっと
三千年くらい前の事なんて、七百年前の事と区別つかないかもね。
昨日ついたと思っていた傷は、五十年前のものだったりして。
もうね、きっと四千九百八十年間の事は、殆ど忘れちゃっているのよ。
ごめんなさいね、初恋のひと。

あぁ早く死にたいなぁって
何回思ったのかしら、私。

もうずっとこのまま、時が止まればいいのにって
何回願ったのかしら、私。

愛してるって何回言われて、好きだって何回言って
ごめんなさいって何回
赦してもらえたのかしら。

夜の奥から吹き荒ぶ冷気は、この古い建物の汚れた窓ガラスをみしみしと揺らし、一人怯えている私へと密か寄り添ってくるのでした。星も見えれば何か変わったかもしれませんが、生憎月すら見えず、こんな夜ではよだかも星になれまい、と空想の悲しみに思いを馳せているのです。痛くなる胸、いえ心のようなものを必死で守りながら、右手の人差し指で右足にゆっくりとSの字を書いてみました。それから少しずらして、横にOの字を書くと、それだけで右足はいっぱいになってしまい、最後の一文字は諦めるほかありませんでした。ゆっくりと朝に近付いていく夜は、恐ろしく、荒めに呼吸をして生きている事を確かめる他、生き延びる術は無かったように思います。

残念ながらもう忘れてしまった四千九百八十年間の中で
やってなかった事はなんだったかしらって
最先端の機械を触りながら少し楽しくなるの。

そうやって笑う私は
二人いるみたいで、それはまるで、
ゆっくりと狂っていく
古時計のようでした。

10/06/2010

すかいぶるうブルース

おはりるおはりる
朝から虹をみたですのん
吐息は微かに白く
少しずつ空気が冷えてゆくのがわかりますの

今日の東もきりりと綺麗ですね
光がいけしゃあしゃあと雲間から覗いてました
いけしゃあしゃあって擬音じゃなかったのね
本当の事をいうと 知っていました。
ようやく上った三日月は天空で白くなって
消えてしまっていました

しゅわしゅわしゅわ

あしたみたいにきょうも善い一日でありますように

9/21/2010

彼女は悪くないんだ、ただ少しばかり自分を見失っていただけさ。


トワイライト・ラヴ
黄昏の時間 しばらくは君の為

パーソナル・コンピュータ
ぼくだけの計算機
パーソナル・コンポーザー
ぼくのために作って
パーソナル・コンセンサス
みんなぼくのもの

ラヴ・コピーライト
君の為にあるのよ この権利。

死んだ観覧車を見に行こうなんて勝手にいってくれちゃって 私達まだ大人なのよ
ランドセルを置いていくには早すぎるわ

そう言ってぎゅっと
偽札をつかむみたいに
ぼくの手を摑む。

どきどき!

……あは!!

9/14/2010

#flat



私のカメラには夜明けと夕焼けの写真ばかり詰まっていて
ふと見直すと、どちらがどちらか解らない。
空が朱に染まっている美しいものを美しいままに、その瞬間を切り取りたくてカメラを買ったのに
何の変哲も無い、ふと腕を持ち上げてシャッターを押したような写真の方が
ずっと美しく、息衝いた瞬間が撮れる。(切れるような鮮明さ)

大人になったと思うことで失って
大人になったから失って
失ったから大人になる
そのどれも、何かを失っている事には変わりはないけれど
何を失ったかさえ、分からなくなっている事はきっと少なくない。

ライ麦畑の端で、そっと子供を助けてやるような
そんな大人にはなりたくなかった
私ならば、もし崖から落ちて死んだとしても
それは辛い事でもなく、苦しい事でもなく、ただ大きな流れの中の一つなのだと
そんな宗教を彼らに伝えたい。そんな大人になるの。
そういうどうでも良い嘘吐く。私の知らない誰かに対して。

無意味な優しさを振りまいてみたりして
気付けばノートが黒鉛で染まっている(ねぇそれ関係なくない?)
優しくすれば優しくしてもらえる
という
神話。

終わりを自分で決めて
未来を消して
綺麗だと思ったその欠片を冷凍する。
あとからみてもドライフラワーはドライフラワーのままなのね。
アサヒ・スーパー・ドライフラワー。(切れるような喉越し)

はやくじゆうにしてください
って言われて、あぁなるほどなぁって思った。
なるほどなぁ

アタシ、今手元にあったら確実にプリン握りつぶしてるな。
カラメルごと。

9/03/2010

白々しい白



泥水みたいな珈琲が運ばれてきて、大して可愛くもないウェイトレスが伝票を置いて去っていくのを確かめてから、私は目の前の男の子にもう一度きいた。

それで幸せになるためにはどうすればいいの。

男の子は皿にでんと盛られた生クリームを頬張りながら、うんうんと二回頷いた。
「まずね、あなたの幸せの方向性を決める必要があります」
そう言った。

幸せのほうこうせい、と呟く。しあわせのほうこうせい。

男の子は生クリームの山にスプーンを刺し込み、懸命に崩しながら、様々な幸せの形について語りだした。それはどれも、そうね、隣の家の人が”そんな”だったら思わず庭の芝生に火を放ちたくなるような幸せだった。
「どうですか、嫉妬したくなる幸せでしょう、あなたはどういう幸せを手に入れたいんですか。」

私は泥水を啜りながら、考えた。男の子は生クリームを食べ続けている。
ウェイトレスが水を注ぎに来た。

私の幸せは…

たどたどしく語ると、男の子は真っ直ぐに私を見つめて、良いですね、と言った。
「凄く良いですね、もしそういう人がいたら僕、きっとあなたの家の前で恵まれない子供に寄付をって毎日嫌がらせしたくなりますよ。」
男の子はそう笑って、水を飲み干した。目敏くウェイトレスが近寄ってきて もう何度目になるか分からない水のおかわりを注いだ。

それで幸せになるためにはどうすればいいの。

私がそう聞くと、男の子はにこにこしたまま、鞄の中から細長い箱を取り出した。
「これを使ってください。これを100日間で使い切ればきっと幸せになれますよ。
ただし、100日よりも先に使い切ってはいけませんし、101日目に少しだって残してはいけません。」

難しそうね

私にちゃんとできるかしら。不安を感じて言うと、男の子は私の両手をぎゅっと握った。
「大丈夫です。あなたなら出来ます。それで幸せになれるんです。継続が力になるんです。もし困った事があったら僕に連絡してください。きっと力になります。」

ありがとう、と言って私はそれを受け取った。
男の子は生クリームを食べ終わって、伝票を持って立ち上がった。
あなたの幸せを願ってますよ。
鞄とコートを抱えて私の横を通り過ぎていく。去り際に私の方を向いて、笑った。

「それ泥水ですよ」
あと、
「母さん、もうこういうのやめましょうよ」
哀しそうな顔で言った。

私は細長い箱に入った札束を見ながら
カップの底に溜まった砂利をスプーンでかき混ぜる。
今の男の子は死んだ息子に似ていたことを思い出していた。

8/29/2010

文字渦の海




わかるかなぁ、と彼女は言った。
なんかもうね、あぁ君はこういう人なんだなぁって分かっちゃったんだよね、と言った。

申し訳なさそうに、言っていた。
ローテーブルを挟んで、もう終わりにしようって呟いた彼女。
わかったよ、と僕が言ってから、彼女は楽しかった思い出を語りだした。貰ったピアス、捨てないね、と笑っていた。
あ、今彼女は清算しているんだな、とぼんやり僕はそれを聞いていた。

もしかしてこれはもっと、抵抗した方がドラマチックだったのかしらん。

楽しかったね、と言われても僕らの関係はほんの2,3分前に終わっているのだし、
ピアスを捨てるかどうかなんて僕は聞きたくなかったし、
僕も僕が悲しみにくれる姿なんて見せたくないんだけど。
だってほら、そろそろ夏が終わるからね。

そんな僕にはお構いなしで彼女の清算は続く。
水族館に行ったでしょう、と彼女が語り始めた。
5月に水族館に行ったでしょう、イルカは見なかったけど。

うん、と僕は頷いた。イルカショー見ませんでしたね。

あの時、クラゲコーナーでね、私がクラゲを見ていたとき、君はブラックライトに照らされた白い服の発光具合について喋ってたんだよ。
その時にね、分かったんだよね。
この人は私がクラゲを見ているときに、そんな事より、白い服が光ってる方が気になっちゃうんだって。分かんないと思う。でもね、私はクラゲを見ていたかったし、クラゲの良さを一緒に味わいたかったの。でも君は水族館に行って、魚を見て、そのほかはブラックライトを見る人なんだなって。
分かってる、多分そんなことはないって言うと思う。
だけど私はそう思っちゃって、あぁ君はこういう人なんだなぁって。

ごめんね、と僕は言ってみた。良く分からなかったけど。
彼女もごめんね、と言っていた。良く分からなかったけど。

もし僕があの時ブラックライトじゃなくて、クラゲを見て、その極彩色に見とれていたら何か変わったかな。
とは言わなかった。

いろいろあったね、とピアスを捨てないらしい僕の元彼女が締めくくったので、僕はありがとうと言って、潔く(なるように)彼女の家を出た。

月明かりに照らされて、夜風の涼しさに少しばかりの哀愁を感じながら歩いていた。

僕がクラゲだったら良かったんじゃないだろうか。

ふとそんな事を考えた。
ブラックライトそっちのけで彼女にじっと見つめられて、僕はふわふわずっと水の中を漂っているだけで良いの。
ふわふわふわふわ
それだけで愛してもらえるんじゃないのかしらん。

クラゲだったら。

ふと足を止めてみる。りりりりりりりと虫の音が聞こえる。

でもやっぱり残念ながら僕はクラゲじゃないし、1時間前から僕は恋人のいない26歳だし、現在失恋中の男なんだろう。

歩きながら、そうか、僕は振られたんだな、と思い出して 少し、悲しんでみた。

しばらくブラックライトには近づけそうもない。

7/04/2010

青に傅く 


夏の匂い、というのは生命の息吹が熱気に絡んでいる、そんな匂いだ。

ヒトも草も一番活動する時期だからか。
色鮮やかな草木に、湿気が絡んで酷く篭った匂いがする。
人工の光や煙、食べ物や汗といったヒトの生活の気配を強く感じる。

そういうものが混じって、夏の空気はひどく間怠っこい

川沿いを歩いていると

仲良く日向ぼっこしている若いカップルの周りを子犬が戯れていたり
ベンチに独り座って小説を読んでいる老人がいたり
白い鳥が水面を撫でるように飛んでいたり
熱心にサッカーボールを追いかけている少年がいたり
子供たちが虫を探していたり
渦中に囚われたタイヤがもがいていたり
のんびりと釣りをしている人達がいたり

する。

ドラマチックだなぁと思う
いろんな生き物の人生の一瞬の休息を見ている気がする
もしかして走馬灯って案外こんな感じなのかもしれない



二十四時間でリセットされる世界で
本当は毎日新しいものを、瞳は映している

昨日の恋人と今日の恋人が同じ人間なのかしらって
半年前に会った友人の中身が変わってたりするんじゃないかしらって

考えて、手を触ってみて
「何?」
って
よかったエイリアンじゃないみたいだ
そういう安心をしてみたりする。

世界が色付いて、見える
全ての景色が新鮮に思える
夏って季節だけは、毎日生と死が繰り返されているんじゃなかろうか
2歩進んで1歩下がるように
生きる事が繰り返されているような気がする。