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11/23/2010

Owl City - Fireflies



今日の一曲目だし
明日の一曲目にもしたい。

ささくれた心に染み込む歌と映像。

11/18/2010

10/25/2010

まほらミスティフィケーション

囈 語

竊盜金魚
強盜喇叭
恐喝胡弓
賭博ねこ
詐欺更紗
涜職天鵞絨(びらうど)
姦淫林檎
傷害雲雀(ひばり)
殺人ちゆりつぷ
墮胎陰影
騷擾ゆき
放火まるめろ
誘拐かすてえら。

『聖三稜玻璃』山村暮鳥/青空文庫より

10年間使ってきた腕時計がそろそろ寿命なのか本格的に狂いだしている。
去年から寒さには劇的に弱くなっていて、冬の夜間は止まる事が多かった。
今、すでに昼間でさえ、動かなくなってきている。
2秒毎に2メモリ分動いて、なんとか正確な時を刻もうとする献身さに涙が出そうになった。ありがとう、もう頑張らなくても良いよ。朝からずっと8時19分を指す腕時計をしている。最早微かに揺れるだけの秒針を見ながら、自分の時間でさえも止まったように思う。

捨てるという行為が苦手だった。
最後に行った東京デズニーランドのパンフレットや、海外で買ったペットボトルや、誕生日プレゼントの包装紙、年賀状、ちぎれたネックレス、捨てられずにどんどん溜まる。
利用価値があるかどうかではない。ただ、そこにある思い出だとか人の気持ちみたいなものが、消してしまってはいけない気がして捨てられないのだ。映画の半券はもう、印字は消えてただの白い紙になっている。増えるばかりで引き出しはもうぐちゃぐちゃだし、押入れもごちゃごちゃになる。だから、半年に一度くらい、思い切ってそういうものを捨てるようにはしてきた。そうやって捨てるたびに、自分の所有物は2/3くらいになった。
年を重ねていくと、要らないものに気付くようになる。手に入れないという選択肢も考えるようになる。昔よりは遥かに捨てることに抵抗がなくなってきた。
今、どれほどの物を持っているだろう。

動かない腕時計には自分の体温が伝わって、仄かな温もりを持っている。
こういう瞬間、今まで全く気にしたことなんてなかったのに「大きな古時計」を思い出して、嗚呼あの歌を作ったひともこんな気持ちだったのだろうか、と思う。
動かない時計を見つめて時間を忘れたりしたのだろうか。
自分の時間が止まりそうな感覚を味わったのだろうか。

時々、悲しむために理由があるのか、事象があって悲しんでいるのか分からなくなる。
好きだから恋人なのか、恋人だから好きなのか
楽しいから盛り上がっているのか、盛り上がっているから楽しいのか
感情が先にあるのか言葉が先にあるのか分からなくなる。不安になる。
前も似た様なことを言っていた気がします。

独りじゃないから寂しくないことも無いし
楽しいから切ないと思わないことも無い。
きっと、寂しさだとか切なさが消えている瞬間っていうのは結局の所、「そうでない」という否定でしかないという事なんでしょう。

という感じの事を友人が言いたがって混乱していたような気がします。
違うかも。でもこれは私の言葉。

暫く降り続く雨はどこの地を固めようとしているのでしょう。

10/23/2010

どれほどの速さで生きれば、君にまた会えるのか。



何かに縋っていなければ生きていくことが出来ないような、生き方がある。
例えばもう忘れられている約束を一人、ずっと守り続けているような。

「こんなところにくるはずもないのに」
「こんなところにあるはずもないのに」
「こんなところにいるはずもないのに」
の時にフラッシュバックのように映像が次々と切り替わるのが切ない。

日常で、ふとした時に突然過去に引き戻される瞬間がある。
生きていく中で、記憶の外部メモリはそこここにある。
散る桜の花弁であったり、霞む下弦の月であったり、雪の冷たさであったり、思い出と呼べるほどの立派な記憶でもないのに、現在触れている桜や月や冷たさが過去のものと時間を越えてリンクする。
そういうトラップのようなトリップに
戸惑いつつも、仄かな慈しみを見出していたりする。過去は思い出すたびに悲しくなる。
写真を撮る意味はきっと、そのトリップを意図的に安易にすることにあるのだろう。

大事な記憶ほど、思い出すために忘れようとするのかもしれない。

『秒速5センチメートル』はやっぱり桜花抄が一番好きですが、コスモナウトと秒速5センチメートルがあってこそ、あの最初の切なさは際立つと思います。
冬の夜に温かなコーヒーを入れて、暫くしてからふとコップに触れたとき、さっきまでの温もりが嘘のように陶器が冷えている事があって、中に残った少しばかりのコーヒーでさえすっかり冷えてしまっている。捨ててしまえば良いのに、勿体無くて残りを飲んだらやっぱり冷たくて、「あぁ」と思う。
なんか、そんな感じの映画です。

9/07/2010

パンズラビリンス/レインマン

パンズラビリンス
レインマン
映画を二つほ(ry



何をしているのかと言われても映画を見まくって本読みまくっているんですよ。

冬が来る前に沢山食べておかないと、みたいな。

※閲覧注意な画像があるかもしれません。
いや、画像はあるんですけど閲覧注意かもしれません


9/03/2010

バタフライ・エフェクト/ユナイテッド93

バタフライ・エフェクト
ユナイテッド93
映画を2つ程見たので、その感想をば。

長くなるので、続きを読む形式にしてあります。

又、作品のあらすじは書いていないので、作品タイトルをクリックするとそれぞれWikipediaに飛ぶようになっています。







8/27/2010

The Catcher in the Rye

ようやく、『ライ麦畑でつかまえて』を読み終わった

実に6年。
多分、読もうと思い始めたのは中学で、実際に手にしたのは高校の頃。
途中でやめて、大学でやっと読み終わった。

ナインストーリーズはとっくに読んでいたんだけども。

とても面白かった。
大人に反発を覚えながら、大人の振りをして背伸びする子供っていうのが非常に巧く書かれている。そういった矛盾を孕んでいるから、時折見える稚拙な行動がとても共感できる。

煙草や酒に安易に手を出して、「女の子ってのはわからないもんだなぁ」とか良いながら、その場の空気で愛してると言う。セックスってやつは、なんて達観した振りをしながら、実際考えている事は拙い。


誰しもが経験した/しているであろう「若さ(或いは幼さ)」を細やかになぞっている。


小説内の時間経過としては非常に短いのだけれど、その中で、ホールデンは日常のどうでも良いような事からイチイチ深く考えて、ぼうっとしながら衒学的なことを考えたりする。
なんでもない一日の「24時間」という時間が、その瞬間毎にはとても意味を持っているが、後から考えると何とも無為な時間だった。
良く考えれば、俺は一体何を喋って何を考えていたんだ?
ふと過ぎ去った時間を思い出して感じる虚脱感。

若さゆえの義侠心。幼い哲学。


「自分だけがこんなに考えているんじゃないか」という自分以外を見下して悲観するような、それでいて甘ったるい孤独感に溺れるナルシズムにこの小説はとても気持ちよく寄り添ってくる。

「自分だけじゃないんだ」という”唯一の”理解者を得た気持ちよさ。

本当に僕が感動するのはだね、全部読み終わったときに、それを書いた作者が親友で、電話をかけたいときにはいつでもかけられるようだったらいいな、と、そんな気持ちを起こさせるような本だ。
(白水Uブックス/3章,P32,L5-7)

まさに!多くの読者にとって、コールフィールド式に言えばこの本は「感動する」本なんだろうと思う。そういう意味でサリンジャーは天才だ。


そして更にこの、野崎 孝 氏訳の飄々とした文体がとても良い。
勿論この文体の所為で読みづらくて、高校の頃はやめてしまったのだけれど、読み終わる頃にはクセになっている。凄く良い。小説を味わうってこういう事。
図書館、BOOKOFFを歩き回って野崎訳を探した甲斐があった。


最後に
これは高校~大学の間に読んでおくべき小説だと思った。特に男性。「読んでおくべき」というのは、読め、という意味ではなく、どうせいつか読もうと思っているならば、この時期にすべきという意味。
この感覚が一番楽しめるのは学生の間だと思う。

本というのは読む時期がある。
食べ物と一緒で旬というものがある。この時期に読むと一番良く味わえるという時期がある。
それは明朝だったり、中学の頃だったり、時間のサイズは様々だけれども
ただ、残念ながらそういうのは読み終わってからしか気付けない。

十二国記をもっと幼い頃にわくわくしながら読みたかった。
星の王子さまは子供の頃と、大人になってから二度読むとその大切さがよくわかった。
MAZEを深夜に読んだのはとても良かった。

折角なら、一番美味しいときに、舌が敏感になっているときに読んで欲しい。

余談だが、攻殻の「笑い男」については本書を読むと、その性格に非常に納得がいく。
あの思想の青さだとか、笑い男論争だとかはホールデンそのものだと思った。

良かった。とても良かったよ。


5/31/2010

秘色の誉



ミリオンダラーベイビーを観た。

「生きる」って何だろうって考えさせられる映画だよ、と何人もの人に言われた。
でも実際観て、生きるって何だろうとは思わなかった。
勿論、何も思わなかったわけでもないし、それどころか1時間すぎたあたりからぐっときて、最後の30分なんて、涙が止まらなかった。目が痛くなるほど泣いた。

でも「生きるとは何か?」では無い気がするんだよなぁ。
自分の人生に後悔を残さないとか、そういう事が答えじゃない気がする。

映画の一部を切り取る感想かもしれないが、脳死について色々と考えてしまった。

私は脳死の場合のみ臓器提供するとして、ドナーカードを持っている。
自分がもう助からないなら、誰かが助かれば良いじゃん、という意味もあるが、それよりも自分が脳死になった場合に、遺された友人や恋人に残酷な希望を与えたくなかった。

まぁ救える人がいるなら、救いたいと思う。日本の現在のドナー状況だとか、臓器移植についての問題点を声高に叫び、何かを主張したいわけではない。私は、別に全ての人が臓器提供をすべきだとは考えていない。ただ、ドナーカードを持つ、というのは臓器提供の意思だけを表明するものではないのではないか、と思う。


「人生は死んでも、終わらない。」
と言ったのはあの赤い人だっけ。

なんだろう、上手く言えないけれど、人ひとりが生きるという意味よりも、人が生きることによって周りに及ぼす影響、という意味の方を考えさせられたような気がした。

3/05/2010

1/28/2010

FLOWERS FOR ALGERNON


『アルジャーノンに花束を』を読み終わった。
久しぶりに声を上げて泣いた。

以下、長ったらしい粗筋&感想文ですので酔狂な方のみどうぞ。↓

1/20/2010

欣喜雀躍

マシュー・バーニー「拘束のドローイング9



2年前に金沢の21世紀美術館で見て一目惚れした一枚。本来は映画作品だったらしいが、私が見たときは大きなポスターだけで文字も何もかかれておらず、(その所為で絵だと思ってた)詳細不明だった…。本気で買おうかと思ったが、値段と置く場所がないという理由で断念。そうか、マシュー・バーニーというのか。

あと気になるのは熊沢未来子。この人の作品は「生活臭のする非リアリティ」といったところ。
会田誠の切腹女子高生に似たものを感じた。



あと、この作品↑の詳細を知っている人がいたら教えて下さい。
三島由紀夫の「薔薇刑」に似たマゾヒスティックさと、ミレーの「オフィーリア」の美しさと、ジョージア・オキーフの花のエロス。
最高だと思う。
そして、この辺に同意できる人は、多分私と一生うまくやっていけると思う。