12/20/2012

みっちゃんの話をしよう

いまだにみっちゃんのことが忘れられない。

話は小学校低学年時代まで戻る。
私は、小学4年生の夏休みが始まる前に転校してしまったので、これは転校する前の小学校でのお話である。

転校する前の小学校は小さな町の小さな小学校で学年全体でも40人いるかどうかだった。男女は多分半々くらい、1クラスは20人構成だったと思う。クラス替えは偶数学年のみ行われるから、1,2年のときは同じクラスのまま持ち上がりだった。もっとも4年生になるときには2クラス作るだけの人数がいなくなってしまって、35人くらいの1学級に纏まってしまったのだが。

その1,2年のときのクラスメイトにみっちゃんという女の子がいた。
雰囲気は『謎の彼女X』の謎の彼女(卜部 美琴)みたいな子だ。少し目が隠れるような前髪、肩につかないくらいのショートカット、それから猫みたいに細い目が印象的な子だった。
いつも本を読んでいるような大人しい子で、休み時間も活発に外に出て遊ぶような子ではなかった。私も本が好きだったから、図書館でよく会うことが多かったように思う。今まで十回くらい読み直した大好きなミヒャル・エンデの本、『モモ』もみっちゃんが読んでいたから、面白いのかな、と思って読み始めた。だから私にとってみっちゃんが特別であるのは、そういう切欠の持ち主だからという点もある。

話を進めよう。
私は休み時間はどちらかというと皆とワイワイやって外を走り回ったりして過ごす方だったので、みっちゃんとは特別親しかった(女の子の言う”同じグループ”というやつ)ではなかった。
しかし、私にとってみっちゃんは特別な女の子だった。

ある日、なんでかみっちゃんの家に遊びにいくことがあった。遊びに、といっても学校の帰りにたまたま何か用事があって立ち寄ったという方が近い。とにかく私はみっちゃんの家に行った。
みっちゃんの家は、和風の、畳が良く似合うお家だったと思う。おじゃまします、といって(この辺よく躾られている子だったのだ)あがって、居間に座って待っていると、みっちゃんは、「栄養をつけなきゃ」と言って生卵を飲みはじめたのだ。
これが衝撃的だった。
当時の私には「生卵を飲む」という文化がなかった。というか知識もなかった。そこで、卵を飲む、というのは何だかとても凄いことで、いうなればアロエの葉をすりおろして飲む、生姜を搾って飲む、といった高尚な知識のもとになされる医学的な行為、あるいは修行僧なんかが自分を高めるためにすることのように思えたのだ。生卵を飲む習慣のあるみっちゃん、がとても高いところにいる女の子のような気がした。私が驚いて「生卵、のむの」と聞くと、みっちゃんは「フフフ」と笑ってこくん、と生卵を飲み込んでいた。
それから、みっちゃんとおしゃべりをしていて、当時はやっていたポケモン(ゲームボーイでやるやつだ)を見せてくれるという話になった。当時、私はポケモン自体はカードやアニメで知っていたが、ゲームボーイは持っていなかった。ゲーム機に電源をいれて、ポケモンを戦わせるシーンを見せてくれた。
するとオトヒメ、という名前のポケモンが出てくる。
「これトサキント(金魚みたいなポケモンだ)じゃないの?」
と聞くと、みっちゃんは「うん、オトヒメって名前にしてるの」と答えた。
これも衝撃だった。
ポケモンの名前を変えてる!!公式で名前がちゃんとあるのに!しかもオトヒメなんて素敵な名前をつけてる!!
ワーみっちゃんめっちゃポケモン飼い慣らしてる!!!
そんなことを自然にやってしまうみっちゃんがとても大人に見えた。もうくらくらである。
生卵を飲む習慣があって、ポケモンの名前をさらりと自分のセンスで変えてしまうみっちゃん。
幼心にみっちゃんにある揺るがない何かに、私はすごく憧れていた。

みっちゃんのもつ揺るがない何か、は小学3年生になっても揺らぐことはなかった。
その頃には、みっちゃんがちょっと変わっている、というのはクラスでも周知の事実で、あるとき授業が始まる前に先生が「なにそれ、どうしたの」と頓狂な声を上げたことがあった。なんとみっちゃんは自分の机いっぱいに液体のりで水溜りを作っていたのだ。「どうなるのかな、と思って」とこともなげに答えたみっちゃんは、その液体のりの水溜りを横から見たり、机を傾けたりして楽しんでいたが、先生に「授業ができないでしょう」と言われ、渋々のりの水溜りを片付けていた。
クラスの端々では「みっちゃん何してるのー」「変なのー」という声がしていたが、私はそのみっちゃんの、「どうなるのかな、と思って」という言葉にくらくらしていた。
どうなるのかな、と思っただけでのりを机にべろべろべろーっと垂らしたわけである。
揺るがない。揺るがないというか、自由に飛びすぎである。
その自由すぎる発想と行動力に、みっちゃんはなんて素敵なんだろう、と思っていた。
(今でも時々その節はあるが、私は、発想が自分の想像のはるか外側にある人に、どきどきしてしまうところがあるのだ。)

残念ながらみっちゃんとはそれほど親しかったわけでもなく、当時は携帯なんてものもなかったから、小学4年生時の転校以来会ってもいないし連絡先も知らない。
それどころかみっちゃんの本名も思い出せない。

それでも未だに、小中高と過ごしてきて、みっちゃんほど素敵な女の子はいなかったと思う。


12/05/2012

どこかで聞いたようなデ・ジャヴュ

お菓子を作るときはいつも深夜だった。

大学の頃は寮に住んでいたからご飯時に共同キッチンを占領するなんてことはできず、休日の人のいない午後か、深夜によくケーキやクッキーを焼いていた。
どこかで部屋の扉が閉まる音や、遅く帰ってきた人たちがゆっくり階段を上るスリッパの音に、何か企みごとをしているような、甘い罪悪感のあるどきどきを抱えて、一人深夜、卵を泡立て、粉を計り、砂糖を舐めていた。
オーブンのタイマーがゆっくりと時を計る電熱の微かなジーっという音。
そうして皆が寝静まった暗い廊下に、窓辺からしみこんだ冬の冷気みたいに広がってゆく甘い焼きたての香りが私はとても好きだった。

一人暮らしをするようになった今も、お菓子を作るのは深夜だ。
今ではもう2時や3時に作ることはないけれど、やっぱり夜11時くらいから作り始めていることが多い。
多分、あの深夜の孤独感が、お菓子を作るのにちょうどいいのだと思う。
プレゼントを隠しているような悪戯心のようなどきどきとか、独り占めしている甘い香りだとか、そういったものの素敵さが好きなのだ。

できあがった焼き立てのお菓子を少し味見していると、だいたい作る前に思い悩んでいた灰色はふわーっと薄れていく。
何かに迷ったり、とくに可能性としての不安に悩んでいるときはお菓子を作るに限る。
バターを切ったり、砂糖を計ったりして、ボールの中でかしゃかしゃと泡立てているとき、どうすればよいかわからないような不安や情けなさみたいなものが、ぽろぽろ表れてくる。なんだか泣き出したいような気持ちで白くもったりするまで混ぜる、というレシピの言葉を思い出しては、かしゃかしゃ泡だて器を回す。
だれかに言ってしまったらなんでもないことになって終わるのかな、なんてぼんやり思いながら、身体はきちんとお菓子作りをしている。粉をふるったり、ゴムべらでサックリ混ぜたりしているうちに、多分このままこうやってぼんやり悩んでいることは杞憂で結局のところなるようにしかならんのだろうな、と思う。
温まったオーブンをあけて、ケーキ型を入れて、タイマーをもう一度回す。
そこからゆっくりと、穏やかなカウントダウンだ。
焦げ過ぎないように、とそわそわしながら、少しその場を離れて読みかけた本などをとりに行く。
カウントダウンも半分もすぎれば、甘い香りが漂い始める。
この頃にはさっきまでの灰色の気持ちはすっと霞み始める。

深夜には大きすぎるチン、という音が鳴ると、お菓子の完成だ。
一人で食べるには少し多すぎる量の、パウンドケーキやチョコケーキ、タルトやパイが焼きあがる。

焼きたてのチョコケーキはこんなに甘い、なんて知らないだろうな。
少し熱いカスタードがチェリータルトによく合うことや、パウンドケーキの温かいバターが優しく舌にしみこむことを。

誰も知らなければ良い。