12/05/2012

どこかで聞いたようなデ・ジャヴュ

お菓子を作るときはいつも深夜だった。

大学の頃は寮に住んでいたからご飯時に共同キッチンを占領するなんてことはできず、休日の人のいない午後か、深夜によくケーキやクッキーを焼いていた。
どこかで部屋の扉が閉まる音や、遅く帰ってきた人たちがゆっくり階段を上るスリッパの音に、何か企みごとをしているような、甘い罪悪感のあるどきどきを抱えて、一人深夜、卵を泡立て、粉を計り、砂糖を舐めていた。
オーブンのタイマーがゆっくりと時を計る電熱の微かなジーっという音。
そうして皆が寝静まった暗い廊下に、窓辺からしみこんだ冬の冷気みたいに広がってゆく甘い焼きたての香りが私はとても好きだった。

一人暮らしをするようになった今も、お菓子を作るのは深夜だ。
今ではもう2時や3時に作ることはないけれど、やっぱり夜11時くらいから作り始めていることが多い。
多分、あの深夜の孤独感が、お菓子を作るのにちょうどいいのだと思う。
プレゼントを隠しているような悪戯心のようなどきどきとか、独り占めしている甘い香りだとか、そういったものの素敵さが好きなのだ。

できあがった焼き立てのお菓子を少し味見していると、だいたい作る前に思い悩んでいた灰色はふわーっと薄れていく。
何かに迷ったり、とくに可能性としての不安に悩んでいるときはお菓子を作るに限る。
バターを切ったり、砂糖を計ったりして、ボールの中でかしゃかしゃと泡立てているとき、どうすればよいかわからないような不安や情けなさみたいなものが、ぽろぽろ表れてくる。なんだか泣き出したいような気持ちで白くもったりするまで混ぜる、というレシピの言葉を思い出しては、かしゃかしゃ泡だて器を回す。
だれかに言ってしまったらなんでもないことになって終わるのかな、なんてぼんやり思いながら、身体はきちんとお菓子作りをしている。粉をふるったり、ゴムべらでサックリ混ぜたりしているうちに、多分このままこうやってぼんやり悩んでいることは杞憂で結局のところなるようにしかならんのだろうな、と思う。
温まったオーブンをあけて、ケーキ型を入れて、タイマーをもう一度回す。
そこからゆっくりと、穏やかなカウントダウンだ。
焦げ過ぎないように、とそわそわしながら、少しその場を離れて読みかけた本などをとりに行く。
カウントダウンも半分もすぎれば、甘い香りが漂い始める。
この頃にはさっきまでの灰色の気持ちはすっと霞み始める。

深夜には大きすぎるチン、という音が鳴ると、お菓子の完成だ。
一人で食べるには少し多すぎる量の、パウンドケーキやチョコケーキ、タルトやパイが焼きあがる。

焼きたてのチョコケーキはこんなに甘い、なんて知らないだろうな。
少し熱いカスタードがチェリータルトによく合うことや、パウンドケーキの温かいバターが優しく舌にしみこむことを。

誰も知らなければ良い。



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