あたしはとっても高いところからそれを見ていた。
大人はみんなあたしに勝手な期待という名の妄想を押し付けてきて、あたしはあんまり頭に来たから数学のマークシート、全部一個ずつずらしてやった。数ⅡB、きっとセンセイは吃驚するだろうな、次の模試が返ってきたら。××、ちょっと来い、とか鼻の穴をふがふがさせて言うに違いない。私達の担任の数学教師はいつもふがふがさせながら怒る。××、ちょっと来なさい、ふがふが。うひひ。
嫌になっちゃったのは2ヶ月前。
歩いていたときにふっと鍵尻尾の白猫が前を通った時だった。
それまで何も見ていなかったあたしの硝子の目玉は途端に色を認識しだして、世界が物凄く鮮やかに見えるようになった。鍵尻尾の白猫は全然可愛くなくて、だけどその傍にたんぽぽはゆっくり揺らいでいたし何だかよく分からない草も青々茂っていたし、白猫の背中にくっついたままの小さな赤っぽい虫は世界の行方なんて全く考えてないみたいだった。
それでそれまでのそんな世界の美しさみたいなのに全然気付かなかった自分が情けなくなって、あたしはもう世界に合わせて歩くのをやめた。
休日はずっと青空を見ていたし、
帰り道には学校から最寄り駅までどうにかして1000歩で歩いてみることにした。
青猫を見つけたら追いかけることにして、
数学のマークシートはずらした。
世界はこんなにも美しい。らいふいず、びゅーてふる。
あたしは一人で沢山笑った。
家族は嫌いだよ。
皆死体みたいな臭いがするもの。
ここからこうやって眺めていると
みんな物凄く頑張っているのが見える。足早に過ぎ去っていくサラリーマン、参考書を抱えてる女子高生、居酒屋の服を着て走ってるおとこのひと…皆すごく頑張っている。
ここに居るみんなが、ぜんぶあたしよりもずっと頑張ってるの。凄い。
あたしがこうやって85分間ずっと夕焼けを見ている間にも、みんな知識を詰め込んだり吐き出したりして次の予定を考えてる。ねぇ知ってた?太陽って沈むのも昇るのもすごく早いの。朱色は金色と混じって暗くて灰色になっていく空をとても美しく染めるんだよ。
誰も知らないと良いな、と少し思った。あたしだけが気付いていたらきっとすごく価値がある。そんな気がする。
みんなあたしよりずっと頑張って生きてるの、凄いね。
うひひ、と笑って見せた。びゅうびゅう吹く風がいやらしく制服のスカートを捲り上げる。
凄い。
夕日も凄い
綺麗。
あははっ
と
人生を最高に楽しそうに終えながら
彼女は
48階の
ビルから
踊るようにして
舞い散る木枯らしのように
ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーんと
くるくるくるくる と
飛び降りて
ぐちゃぐちゃになったけど
やっぱり今も楽しそう。
あははっ